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2015年12月28日月曜日

ありがとうございましたー!!! せいや

年の瀬!年の瀬!今年ももう終わるよ!psybavaのライブも残り2本!明日の名古屋CLUB ROCK’N’ROLL と明後日の梅田Shangri-Laです!!


①2015年12月29日(火)
『CLUB ROCK’N’ROLL 23rd ANNIVERSARY!!! Synchronized Rockers Vol.41』
@名古屋CLUB ROCK'N'ROLL


OPEN / START:18:00
ADV.\2,000 / DOOR.\2,300
psybava / memento森 / the senca  / wl’ of the art / 野垣内悠 (DJ) / Mi-Ke (DJ) / TAKUMI (DJ)




②『大淀マジックアワー2015』
2015年12月30日(水)@梅田Shangri-La


開場:17:30 / 開演:18:00
前売:¥2500/ 当日:¥3000(別途¥500)
psybava/ドブロク/LONE/吉野/江崎掌




先日の『こどもみたいなおとなの代忘年会 at 京都磔磔』、『昼酔宴 at 新宿LOFT』にお越しの皆様、ありがとうございました!


前者は磔磔の看板娘じゃんぐるの卒業式と忘年会を兼ねたイベントで、とっても素敵な面子の中でやらせてもらいました。
後者は狂った街、新宿歌舞伎町で“呑めば飲むほどお酒が安くなる”という、狂ったイベントでした(ほめ言葉)。たっぷり1時間もやらせてもらって感謝です。本当に楽しかった。りうさんありがとう!




写真も使わずさくっと振り返ってスミマセン(苦笑)ちょっと事情あってほとんど文字だけですが勘弁してください。
psybavaHP⇒ http://psybava.com や、
twitterアカウント⇒@psybava_info などで、画像や情報がガンガンあがっているので、
そちらを併せてチェックしてください!ネットの情報網を使いこなしてpsybavaにまみれてください!






さて。




脱退まで残すところ後2本を控えて、自分がいつ加入したのかを振り返っていました。
2010年6月のライブからでした。5年半。いやぁ、なかなかですねえ。


思い返せば、僕が六甲山のドッグランで走り回っているところを、ベースの住田君に声を掛けられたのが始まりでした。


「すみません、犬でもないのにアナタ何してるんですか?」
「・・・・・・・・・大学で組んでたバンドが解散して、やることがなかったのでここに住み着いて、毎日、汗を流してるんです」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・そうか。バンド組もうぜ」


そんなわけで、前任ドラマー、ラブちゃんの後釜に納まることになりました。余談ですが、十三ファンダンゴにライブを見に行ったのがバンドとの正式な出会いでしたが、当時のトランペッターのヒサシ君が、フレディ・マーキュリーの物真似をしてきて、(面白くないなあ)と思い、「面白くないです」と言いました。



今思えば僕も随分、トガってたもんです。ていうか単なる無礼な奴だな。


その頃の僕はジャムミュージックに傾倒してた時期だったので、バンドの皆とも住田君とも意気投合して、色々な音楽を教えてもらいました。今まで沢山の人と会ったけれど彼以上に、聴いてきた音楽の引き出しがある人に僕は出会ったことがありません。
後、酔っ払った時に誰も何も言ってないのに「誰が竹を割ったような性格や!」などと言っていましたが、そんなことを自分で言っている人にも、僕は出会ったことがありません。


バンドへの加入は決まったのですが、きちんと活動を始める前に、まずはインドに行こうと思い立ちました。バンド名は関係ありません。若者特有のヤツです。そういえば名古屋にライブで行った時に泊まったゲストハウスで同席した若者も、眼を血走らせながら「オレ!絶対インド行くっすよ!!」って言ってたなあ。行ったのかなあ、彼。


インドに渡り、ガンジス川のほとりでカワウソを捕まえる遊びに興じていましたら、やけに愉しげな男が釣りをしていたので、話しかけてバンドに誘うことにしました。その時は彼は全く日本語が喋れませんでしたが、まあそのうち覚えるだろうと思い、一緒に帰国しました。それが彼です。


彼はあっという間に日本で奥さんを見つけて結婚してしまいました。感極まって電話したのを今でも覚えています。「自分のことのようにうれしいよ!」と言ったら、「アナタ、キット酔っパラテル違イナイネ」と返されました。もちろん、酔っ払っていました。

ちなみにマネージャーのjun1さんに第一子が生まれた時も電話して、同じことを言いましたが、その時は素面でした。ゴルゴスもjun1さんも家族がありながらバンドを運営していて本当に尊敬しています。何か、軽いけど、本当に。

そんなこんなで、メンバーチェンジなども繰り返しながら活動を続けていまして、2年前くらいだったでしょうか。フラッと入った坦々麺屋さんで、あの時、ガンジス川のほとりでキャッチアンドリリースを繰り返されていたカワウソが働いているではありませんか。

違いました。
ヒトでした。
ken.akとの出会いです。

ちなみにバンドの音響を担当してくれている加藤さんに「PAの勉強ってどういうことをされました?」と尋ねたら「キャッチアンドリリースの繰り返しやで」と返されました。

間違いました。

「トライアンドエラーの繰り返しやで」でした。めちゃくちゃいい言葉だと思います。これから何をするにせよ、心のどこかに置いておきたい言葉です。

話を戻して、最初、ken.akことをミュージシャンだと思っていなくて、とにかく旨い坦々麺を作るものだから麺職人さんだと思っていました。そして、その場で弟子入りを志願したのでした。

「味に惚れました!お願いです!親方の下で修行させてください!!僕も、『あまから手帳』に載りたいんです!!!」
「いや、ぼく、本業はミュージシャンなんです」
「あ、そうなん?じゃあpsybava入ってや」

しばらく不在だったキーボーディスト加入の瞬間でした。弟子入りをOKされていたら僕は今頃、南船場あたりで坦々麺を作っていたことでしょう。


「けんちゃんの目標は何?どうなりたい、とかある?」




「ぼく、ピーターパンになりたいんです!!!!!」




実話です。


いや、今のところ実話しか書いてないけど。


それから僕が加入していた「溺れたエビの検死報告書」のヲサにpsybavaメンバー全員の加入を勧めました。なぜなら『全員入ってるって面白いやん』と思ったからです。結果的に互いに良い作用を及ぼしました。大体、面白そうな方に転がっていったら人生は失敗しません。失敗する場合もあるのかもしれないけど、少なくとも後悔はしません。

溺れたエビで東京でのライブに向かっている途中、エビのトランペッター、ノヤさんがいきなり「チョレギィ!」と言い出しました。

「もうすぐ交差点やけどこれ、どっちに行ったらいいの?」
「チョレギィ!」
「ノヤさん!もういいから!会場着けないから!助手席座ってるならナビして!」
「チョレギィ!!」
「左でええの?左行くよ?」
「チョレギィ!!!」

東京に着くまでの8時間あまり、ずっとこの調子でした。
いつも陽気でテンションの高いヲサが憔悴しきった様子で「もう、チョレギはええわ」と言っていたのを鮮明に覚えています。

その日から誰ともなくノヤさんのことを『チョレギさん』と呼び始めたのですが、いまだに“チョレギ”の意味は分かりません。聞いたこともありません。興味がある人はぜひ、ライブ会場で本人に聞いてみてください。

逆輸入の形でエビからpsybavaにノヤさんが加入して、それからのことは記憶に新しいのでここでは割愛します。


もっともっと書きたいことがあるのですが、今まで色々なことがあり過ぎて、およそここでは書ききれません。また、何か思い出したときに筆を取るかもしれません。もう、このブログに僕が何か書き込むことはありませんが、個人のブログ「まけまけいっぱいの愛を」(http://seiyagoodvibes.hatenablog.com/
に、これから何かしら綴っていくと思いますので、そちらもチェックお願いします!


なんて個人の宣伝もチョロッと挟みながら筆を置こうと思います。

なんかふざけた感じになっちゃったなあ。元psybavaキーボーディスト、中河パンツ君がリミックスした「spectrum」を聞いてたら何かセンチメンタルな気分になってたのに。

[pectrum remix]

[spectrum MV]by STUDIO DAY-PASS


まっ、いいか。



明日と明後日、5年半の想いを全部叩き込むから、来てくれる人は宜しくです!!!!




「胸につかえてる、腹に溜まってる、その色んな感情を、色んな想いを
全部吐き出してしまえよ!全部ぶっ壊して!全部ぶっ壊してやれよ!」



そんな気持ちで!!そんな気持ちで!!



一緒に楽しみましょう!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

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